沙沙貴神社 どんな神社?

宇多源氏・佐佐木源氏・近江源氏のご先祖をお祀りしている

宇多源氏は、源氏二十一流(源氏には祖とする天皇別に21の流派がある)の1つである、宇多天皇から分かれた氏族で、公家華族として庭田家等が、武家として六角氏・京極氏・大原氏・高島氏等が繁栄した

近江源氏は、宇多源氏の内、近江を発祥の地として、武家として繁栄し、代々近江の守護として勢力を持った佐々木氏の一族で、四家に分かれ、六角氏・京極氏・大原氏・高島氏となった

宇多源氏・佐佐木源氏・近江源氏のご先祖様は同じということになる

佐々木源氏は、鎌倉時代初めに活躍した佐々木定綱以来、織田信長によって追われるまでの約四百年間、守護として近江國を支配し続けた

丸亀藩・京極家が再建した大型神社建築となっていて、本殿・中門・透塀・権殿・拝殿・楼門・東回廊・西回廊が県指定文化財となっている

京極氏は、近江上平寺城主→近江大津城主→若狭小浜藩初代藩主→出雲松江藩主→播磨龍野藩主→讃岐丸亀藩初代藩主(1658-1662 )を務めている

住所: 〒521-1351 滋賀県近江八幡市安土町常楽寺2

電話:0748-46-3564

 

沙沙貴神社楼門・県指定文化財

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沙沙貴神社本殿・県指定文化財

沙沙貴(ささき)神社は、神話の頃からご鎮座でご祭神の少彦名神(すくなひこなのかみ)子宝、安産、育児など・大毘古神(おおひこのかみ)旅の安全、交通の安全・仁徳天皇(おおさきのすめらみこと)家庭円満・宇多天皇(うだのすめらみこと)と敦實親王(あつみのみこ)宇多源氏・佐佐木源氏・近江源氏のご先祖様・四座五柱(よんざいつはしら)の神々が祀られている

 

“なんじゃもんじゃ”という名前の木(左に少し写ってます これしか写真が無く、すみません(^^;)

何だこの花?というところからでしょうか「なんじゃもんじゃ」とも呼ばれている「ヒトツバタゴ」

成長すると30mにもなるという、モクセイ科の落葉樹

日本では、対馬(父の故郷)と木曽川沿いにしか見られない

ところで、この花びら4枚に見えるけど、1枚の花びらが裂けたもので、これも珍しいし、遠目には、粉雪が積もったようにも、また不思議な樹木と言えるそうだ

花の見ごろは5月中頃の1週間程度

いつか、この時期に対馬に行って「なんじゃもんじゃ」の花を見てみたい☆彡

沙沙貴神社拝殿・県指定文化財

 

願かけ石・勾玉

手前にある小さな左右3個ずつ6個の石を、静かに持ち上げて、さするように書いてある

願い事を込めて、持ち上げてさすった

 

沙沙貴神社石灯籠 市指定文化財

鎌倉時代後期 竿に正安二年(1300)の刻文がある

男岩(おのこいし)と女岩(おみないし)

男性は男石から女石まで、女性は女石から男石まで目を閉じて進み、上手く真っ直ぐに歩み渡れば良縁に恵まれるそうだ

乃木希典大将御手植の松

「乃木さんのお言葉」があり、日露戦争を戦った乃木大将のご先祖様もこの沙沙貴神社に祭られてあり、この村の方が、お宮のお祭りを盛大にしてくれることを感謝されている

「吾々人間は、祖先が本であり、その本を忘れてはいけない、本乱れて末治まるものはない

祖先の大恩を忘れてはいけない、祖先をうやまうようにしてほしいと、この爺が言ったと、よく覚えておいてもらいたい」と残されている

鎌倉初期の武士、佐々木四郎高綱の後裔である乃木希典夫妻は、深く沙沙貴神社を崇敬されていたそうだ

 

まとめ

なんじゃもんじゃの木や願かけ石や、良縁試しの石など、佐々木さんじゃなくても訪れたくなる神社です

京極氏の再建や乃木代将の言葉から、ご先祖様を崇拝する気持ちがこの神社にしっかりと残されています

佐々木さんじゃない私も、その気持ちを忘れずにいたいです

なんじゃもんじゃの花が咲くころ、父が亡くなる二カ月前に一緒に行った、父の故郷、対馬にいつか訪れてみたいです

 

今回のルートはこちら☝

朝7時前から夕方5時過ぎごろまでで、回りました

下記ルートをクリックすると、各地の詳しい記事が見れます

繖山(きぬがさやま)観音正寺観音寺城安土城セミナリヨ史跡公園沙沙貴神社金勝山・浄厳院

 

読んで見て、行ってみたくなった!楽しかった!って、思われた方がいらっしゃったら幸いです

最後まで、お付き合い下さりありがとうございました☆^ヽ(*^-゚)vThank you♪v(゚∇^*)/^☆