織田信長が再興した 金勝山・浄厳院 滋賀県

金勝山・浄厳院(きんしょうざん・じょうごんいん) どんなお寺?

天正6年(1578年)に、織田信長が、佐々木六角氏頼が建てた慈恩寺(天台宗)(領主・佐々木氏菩提寺)の跡地に、近江國・栗太郡にある金勝寺から僧侶を招いて、金勝山・浄厳院(浄土宗)を再興した

慈恩寺は、現在、地名として残されている

本尊の阿弥陀如来坐像は、滋賀県愛知郡(えちぐん)の古寺より譲り受けたもので、平安時代のもので重要文化財となっている

残念ながら、この日は本堂が閉まっていて、阿弥陀如来像は見ることができなかった

また、ここは「信長公記」(しんちょうこうき)に出てくる「安土問答」の舞台でもある

住所: 〒521-1345 滋賀県近江八幡市安土町慈恩寺744
電話: 0748-46-2242
車を止めたところは住宅街の小さな公園で、少し行けばお寺の入り口があったのに、逆に歩いたので、畑を挟んでお寺の脇を歩き、反対側の入り口に向かう羽目になってしまった

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楼門 重要文化財

慈恩寺(佐々木氏菩提寺)の楼門であったものを、金勝山・浄厳院(浄土宗)を再興の際に、遺されたものである

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本堂 重要文化財

浄厳院として再興の際、興隆寺(こうりゅうじ)(近江八幡市)の弥勒堂(みろくどう)を、本尊の阿弥陀如来坐像(重要文化財 平安時代)は、犬上郡甲良町から、移したと伝えられている

本堂は閉じられていて、本尊の阿弥陀如来坐像は見ることができなかった

「信長公記」(しんちょうこうき)に出てくる「安土問答」は、この本堂を舞台として、信長の命により、浄土宗の僧と法華僧とで行われ、法華僧が敗れた

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浄厳院不動堂 安土町指定文化財

江戸時代中期ごろに建てられたそうだ

秋らしい、うろこ雲☁

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浄厳院・鐘楼 安土町指定文化財

袴腰付の大型鐘楼で、江戸時代中期に建てられたものらしい

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 今回のルートはこちら☝

朝7時前から夕方5時過ぎごろまでで、回りました

下記ルートをクリックすると、各地の詳しい記事が見れます

繖山(きぬがさやま)観音正寺観音寺城安土城→セミナリヨ史跡公園→沙沙貴神社→金勝山・浄厳院

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読んで見て、行ってみたくなった!楽しかった!って、思われた方がいらっしゃったら幸いです

最後まで、お付き合い下さりありがとうございました☆^ヽ(*^-゚)vThank you♪v(゚∇^*)/^☆

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